僕は自分のやりたいことがわからない。いや、やりたいことがたくさんありすぎて、道を決めかねているとも言える。そして道が開けたとたん、自分は本当にこれで良いのかと自問してしまって動けなくなる。友人はみな社会人になってゆく。僕は取り残された気分でいた。
自分で言うのもなんだが、僕は「考えること」が得意であると思う。(これは哲学とか、そういうたいそうなことではなくて、自分の言葉を頭の中でめぐらせるということだ。でも、それが「考えすぎること」に転じて、現実生活を犠牲にしがちであるのだが。)。しかしそれには限界があるということもわかってきた。どんどん自分が頭でっかちになっていくのである。頭でっかちとは頭が良いということではない。ましてや学問的な向上とは程遠いことだ。頭でっかちとは、知識によって生活に支障をきたすことだ。
では、僕に足りないことが何かと言えば、それは「行動すること」だ。何かやってみるということだ。今までいろいろなものに手を出してみたが、「行動した」と思えるようなことは少ない。なぜならば、「自分はこれをやるべきだ」と自ら思いこむことによって動いていたからだ。半ば義務である。
いつも仲良くしてくれているバイトの年上の同僚がいる。彼女は言った。
「私、飽きっぽいからさあ。資格試験の勉強してたけど、落ちたら急に冷めちゃって。でも私、それでいいと思ってる。今年はまた楽しいこと探す一年にするよ。なんつーのかなあ。旅人?うん。ちょっとかっこいいでしょ(笑)旅人だよ!」
旅人。なんかいいなあ。何かやってみること。飽きるかもしれないし、飽きないかもしれない。その何かを見つけること。それは死ぬまで続くかもしれない。ひとはみな旅人。
この二文字の短い言葉が、僕に足りないことを教えてくれたような気がした。どんな頭でっかちな人生論よりもだ。
人生にはさまざまな興味をそそる対象が無作為に並べられているが、あるひとがどれを選ぶべきであってどれを選ぶべきではない、などという理由などない。むしろ、選ぶべき理由がないからこそ、それをやってみることの楽しさが生まれるのではないか。