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Saturday, January 14, 2017

〈私〉の存在の予兆

 印象派の絵画とは、世界の志向性があらかじめはぎとられた瞬間の描写だといえるかもしれない。僕は子どものころ、そのように世界を見ていた記憶がたしかにある。僕は母親に「目の前にたくさんの〈点〉が見える?」ときいた。僕は、目の前にある世界を、区画的に分解していたのではなく、限りなく小さい単位である〈点〉の集合として見ていた。僕が母親にこのようにきいたのは、自分の見え方と母親と見え方とが一致するかどうかをたしかめるためだった。しかし、僕はまだ子どもであり、自分の真に言いたいことを説明し尽くす言語的能力に欠けていたから、母親にこの質問の真意は理解されなかったのだと思う。母親は「そんなものはない」と答えた。しかしそのときの僕は、「母親がこの質問の意味を理解しないならば、母親は自分とは違った仕方で世界を見ている」と判断した。このできごと以来僕は、他人と自分はたしかに違うという意味においての〈私〉の存在の予兆に貫かれたのである。

Thursday, November 24, 2016

診断名にとらわれないこと〜自閉症スペクトラムにおいて〜

 ここ数ヶ月の間、自閉症スペクトラムについて考えることが多くなった。むしろ、ずっと考えていると言っても言いすぎではない。僕に自閉症スペクトラムの傾向があるということはわかったのだが、カウンセラーに言われた「あなたはアスペルガー傾向があるかもしれない」という言葉が自分の思考を覆いつくしてしまって、そこから抜け出せなくなっていた(もちろん、僕と一定の信頼関係を築くことができたうえで、慎重に言葉を選んでこのことを指摘してくれたカウンセラーには、大変感謝している)。僕は自閉症スペクトラムに自分が当てはまるかどうかということだけに執着していた。自分でもそれに気づいていたのではあるが、どうにも止まらない。たとえば、自閉症スペクトラムの当事者である綾屋紗月氏は、自分がアスペルガー症候群だと診断されることで、生きづらかった過去と現在が一本の線で繋がった、というようなことを言っていた。僕もそのような「自分探しの旅」に出ていたのだと、綾屋氏に対する共感を覚えつつ感じていた。しかし、綾屋氏は結局のところ「アスペルガー症候群」という診断名では自身の生きづらさは真に語られえず、発達障害の当事者研究へと方向転換したのではあるが。このような「自分探しの旅」はいつか終わりが来るのかもしれない。
 僕が診断名とか、定型発達とか非定型発達とかの概念にとらわれているということは「診断名にとらわれないほうがいいよ」とか「もっと柔軟に考えようよ」などとただ単に言われても、なおらなかったことだろうと思う。診断名にとらわれることは本末転倒であるならば、なぜそうなのかがわからなかったからだ。だから僕は、そういうことを丁寧に言葉で説明してくれているひとたちを探した。
 動物学の博士であり、自閉症の当事者でもあるテンプル・グランディンは、僕の疑問にひとつの回答を与えた。

 私のもとには、こんなふうに言う親がひっきりなしに訪ねてくる。「うちの子は、最初は高機能自閉症と診断されました。次に*1ADHDって言われて、それから、アスペルガーだって言われました。ほんとうは何なのでしょう」。親の苛立ちはよくわかる。診断名にとらわれて考える人だらけの医療制度に振りまわされているのだ。だが、親も医療制度の一端であることに変わりはない。こんなふうに尋ねる親がいる。「ただ一つ、自閉症の子どもがするべきいちばん大切なことって何でしょう」とか「行儀の悪い子に、何をすればいいのでしょうか」など。それって、どういう意味
 この手の考え方を、私は診断名にとらわれていると言う。物事を指す言葉が何かということにこだわるあまり、物事自体が見えなくなってしまっている。(…)
 こういうときには、私はいつも同じ返事をする。「診断名が何なのかを心配することはありません。何について困っているのか話してください。特定の症状の話をしましょう」
(テンプル・グランディン、リチャード・パネク『自閉症の脳を読み解く―どのように考え、感じているのか』中尾ゆかり訳、NHK出版、2014、p.148)

 つまり、診断名も大事な一要素ではあるが、一番肝心なのは個人個人の症状であり、何に困っているか、である。それがあって初めて自閉症について語られえるのに、はじめから診断名という「名前」を問題にするのは、順番が逆ではないのか、ということである。「自閉症スペクトラム」というものがまずあって、それに自分が該当するのか、ではなくて、ひとつひとつの症状、困りごとがまずあって、それによってスペクトラムという事象がかたちづくられるのだ。
 このように、「自閉症スペクトラム」という概念は、個人の主体性のうえに成り立っている。このことは、当事者の主体的な語りを取り戻すという「当事者研究」の考え方にも通ずるものがあると思う。さらには、以下のような精神分析の理念にも、我々は学ぶべきものがあると思うのだ。

 (…)分析においては、一つの症候に対して固定した意味を与えることはできない。一つの症候には常に特殊な主体的意味があり、それは、患者自身が見つけ出さねばならず、他人には未知なものである。精神分析では分析家がその意味を知っているものだとされることがあるが、それは間違いで、分析家といえどもそれを直接知ることはできない。分析家は患者がそれを見出すための援助をするだけである。分析家がそれを発見し、患者にその意味が与えられた場合、それが患者の真理だという保証はどこにもなく、逆に暗示となってしまうので、それは避けなければならない。(向井雅明『ラカン入門』ちくま学芸文庫、2016、p.52)

 カナーによって自閉症という診断名が確立された頃は、精神分析が幅を利かせていたために、自閉症は親のせいだという仮説まで立てられていたらしい。たしかに、精神分析はエディプス・コンプレックスという、発達障害と相性の悪い爆弾をかかえていることはたしかだ(それが精神分析に対する誤解にもとづいているにしてもである)。しかし根底において、患者(当事者)の主体的な言葉を大事にしているという点を、僕たちは学ぶべきではないか。 
 僕は、このように、ひとりひとりの言葉を大事にしているひとを探し求めていたのだと思う。「うつ病」にはこれ、「発達障害」にはこれ、とマニュアル的に処方箋を与えることもたしかに役に立つし大事なことかもしれないけれど、根底的なところで自分の主体的な症状であり言葉を忘れてしまえば、僕たちは窒息してしまう。「名前を与えられないもの」を語ることは時間がかかるし、不安にもなる。だからすぐに「名前」にすがりたくなる。でも大事なことは、時間がかかっても自分の言葉で語ることなのだろうと思う。そして、このことを教えてくれるひとはたしかにいる、ということを、今日は書きたかったのである。
*1:傍点のタイプ機能がないため、以下太字に変更

Monday, November 21, 2016

ウィトゲンシュタインの思い出

 今回は、僕自身と言葉について、思いをめぐらせてみたい。僕は、最近になって言葉を覚えたという感覚がある。少年時代を思い返せば、僕は言葉に対して苦手意識があった。作文の課題では、いつも一文字も書き出すことができずずっと机に突っ伏していた記憶がある。中学の個人面談では、担任の先生に、僕の文章力の無さのために将来を心配された。僕自身はというと、それほど危機感はなく、「自分は文章を書くことが苦手なのだな」と、それを誰もが持っている「不得意」のうちのひとつとしてしか見ていなかった。しかし、大学に入って論文を書く段になって、ついに自分の置かれた状況を思い知ることになった。卒業論文はウィトゲンシュタインについて書こうとした。しかし全く書けない。それもそのはずで、僕は自分の言語力の無さを客観視できていなかった。普通なら二万字以上書くところを六千字で提出した(なぜか卒業させてもらえたのだが)。しかも、日本語としてそもそも成り立っていないし、字数を埋めるための、ごまかすような表現も目立った。ただ、僕はウィトゲンシュタインについて全く勉強していなかったわけではない。むしろ「お勉強」はしていた。だが、自分の考えを言葉によって外に向けて表現すること、そのことが全くと言ってよいほどできなかった。僕のしていたことは、全くもって「哲学」ではなかったのだ。僕は「ああ、やっぱり僕は言葉が苦手なんだ」と思った。自分は他人よりも「感覚的に」生きているのだと思った。
 しかし、この「自分は素朴に感覚的に生きている」という考え(思い込み)は、大学を卒業してからまたしてもくつがえされることになる。僕はそのころからかなり神経質になっていて、悩んでばかりいた。そのことでカウンセリングを受けるようになったのだ。カウンセリングで気づいたことは、「自分は言語によってものごとを考える傾向がある」ということだ。これは僕の「自分は素朴に感覚的に生きている」という考えとは食い違う。自分に、頭の中で言語をよく使っているという側面があるなんて思いもしなかった。なぜなら、他人の頭の中はわからないからだ。みな「自分のように」考えていると思っていた。


 カウンセリングで自分の特性がわかったことで、自分は「言語であれこれ考える人間だ」という自己認識ができた。そのことにより、自分の中の言葉をアウトプットする欲求に駆られた。なぜなら、今まで頭の中の言葉は、「言葉」としてではなくて「何だかわからない」そして「その存在すら気づいていない」ものとして存在していたからだ。それが実は「言葉」という存在なのだと気づいたことは衝撃的だった。
 僕が文章をネットに書いてみようと思うきっかけになったブログがある。そのときのカウンセラーに、「ちょっとあなたは非定型発達の傾向があるかもしれないから、自分を知る良いきっかけになれば」と教えてもらったブログだ。asdlife.net
 アスペルガー症候群について書かれたものとしてもとても良いのだが、なんといっても、自分の考えや感じたことを、自分の言葉で、外に向けて発信しているところに、生き生きとしたものを感じた。そしてその文章に共感したときに自分の中の言葉が「意味」になってゆく瞬間があって、そのことが、今まで自分には欠けていたことだったんだと思った。
 以来僕は、自分の中の、今まで意味になれなかった言葉たちが、意味になろうと、急速に生気を取り戻そうとしているのを感じている。文章力なんてものは全然ないけれど、ウィトゲンシュタインの卒業論文よりも言葉に「自分の力」がこもっていると自信を持って言える。僕は何かを言葉で素朴に表現することを今覚えた。そしてそのことは、自分の生きている実感につながる。この喜びの気持ちは忘れないでおこうと思う。

Friday, November 18, 2016

グレーをまだ見ぬひとへ

 いろいろな言葉が僕のなかに押し寄せている。言葉は現実を裁断して分節化するものだ。一方で、文脈とは分節化されたことがらの間に通っている血管のようなものだろう。そこに流れる血が、言葉を生き生きとしたものにする。でも、僕はまだ、文脈のなかをさまよっている感じがするのだ。そこに血が通っていないのかもしれない。
 自閉症スペクトラムの傾向があるかもしれないと、前のカウンセラーに言われた。僕と彼女とのあいだには一定の信頼関係があったし、言葉を丁寧に選んで話してくれる人だったから、決して適当に言ったわけではないだろう。でも、やっぱり他人は他人だ。僕は他人の言葉を、良くも悪くも真に受けてしまう。自分を非定型発達者だと無条件に思い込むことは避けなければと思った。
 僕は自閉症スペクトラムに関する本を読み漁り、自閉症スペクトラムの障害そのものに対する自分のおぼろげな「位置」を想像した。グレーゾーン。それは、位置が曖昧だという意味でもグレーであり、自分が非定型発達なのか定型発達なのかわからないという意味でもグレーである。グレーというのは、僕が、いちばん見ることの苦手な色だ。白黒ハッキリさせなければ気が済まない。自分やものごとを、言葉によって説明しないと気が済まないのだ。文脈のなかをさまようのは、僕にとってはとてもつらいことだ。
 非定型発達者と自分を規定することは、まちがいなのではないか。「本当は」自分は定型発達者なのに、障害という言葉に甘えているのではないか。もうひとりの僕はそうささやく。でも、このモヤモヤとした生きづらさは何なのだろう。みんな「この生きづらさ」を感じているのだろうか。自分の弱さを声に出していいんだろうか。それとも、みんなは僕よりもっと生きづらさを感じているのだろうか。こんな風に、僕のなかのせめぎ合いがいつもやまない。
 僕はグレーという色を知らない。グレーを見たい。グレーを見ることで、言葉に血が通うのだと思う。僕のように、グレーの絵の具を持っていないひとは、たぶんそのことで苦しんでいると思う。そういうひとが、世の中にどれくらいいるかわからない。でも、僕の白黒の言葉が、ほんの少しでも君に伝われば、君と一緒にグレーを見ることができるような気がする。

Thursday, October 20, 2016

自分のための研究

 僕は、このブログにおいてまじめなことを書くとき、自分のために書いている。自分を救うために、自分を治療するために書いている。だから、必ずしも生産的な内容になるわけではない。どうかあたたかい目で見守ってほしい。
 僕が今、何よりも困っていること。それは、人生の選択ができないということだ。最近、バイトの帰りにコンビニでビールを買って帰るのだが、自分がどのビールを飲みたいか考えれば考えるほど、どれを選べばよいのかわからなくなる。選択とはそういうことだ。どのビールを買っても大して変わり映えがしない。変わり映えのしないものの中から何かを選択することが、何かを選ぶということの内実なのだ。
 この記事でも紹介した、内海健『自閉症スペクトラムの精神病理』では、このような並列する選択肢が、ASD者のひとつの精神病理として捉え直されていた。

 理念によって経験がまとまりあがらないとき、事象は並列的になる。
 たとえば綾屋*1は、「食べたい」と思ったときには、他のさまざまな身体感覚とともに、「食べたくない」が併存するという。そして空腹なのかどうかもあやしくなる。
 定型者の場合は、たいてい「食べたい」か「食べたくない」のどちらかにまとまりがある。「食べたい」ときでも、あらためて本当に空腹なのかときかれたら、さほどでもないこともあるだろう。もしかしたら食べたくないのかもしれない。だが、こうした場合でも、たとえば「小腹がすいた」とか、「そんなに腹はへっていない」といったまとめ上げ方をするだろう。決して「食べたい」と「食べたくない」が並列するわけではない。この並列化は、しばしばASD者の決断不能や強迫と結び付く。(Ibid.,p.161)

 僕にはやりたいことがたくさんある。たくさんの選択肢がある。選択したいことがらに囲まれている。このことはとても幸せなことだろう。「やりたいことがあるだけで幸せ」。ひとはそう言うし、僕もそう思う。ただ、この幸せは、脇に置いておきたい。幸せは幸せとしてそのまま括弧に入れて考えたい。なぜなら、僕はそれを負い目に感じてしまうからだ。「やりたいことがたくさんあるにもかかわらずなぜ僕は選択しないんだ」と。そして、僕に「やりたいことがたくさんあって羨ましい」と言うひとたちに、どんどん負債を負っているような気になるのだ。しかし、こんな風に考えているそのときも、僕は判断から遠のいていくばかりだ。考えていると、それが本当にやりたいことなのかもわからなくなってしまう。このことに対する内海氏の説明は、おどろくほど的確だ。

 実のところ、選択においては、合理的になればなるほど、選べなくなるというちょっとしたパラドックスのようなものがある。重大なことになればなるほど、そうした傾向がある。だがASD者は、日常的な局面で、こうしたパラドックスで立ち往生してしまう。
 この並列化という現象は、行動における選択だけでなく、認知においてもしばしば現れる。その際、いくつかの解釈の可能性を列挙するだけで、そこから判断が立ち上がらない。(Ibid.,p.162)

 そして、判断が立ち上がらないもうひとつの理由は、内海によると「スケジューリングが苦手であること」だ。

 ASDは並列する選択肢の前でたたずむ。それが選択を方向付ける理念がないことによるのはすでにみた。今一つの理由は、一つのことを選択したあとの状況が想像できないということがある。現在を離脱して、時系列に展開するさまを思い描くことができない。(Ibid.,p.168)

 今まで、自分は選択に際していつも困るとかスケジューリングが苦手だとか思ったことはあったが、その二つに関係があるということは思っていなかった。やってみなければわからないが、短期的なスケジューリングの積み重ねによって、選択不可能性が緩和されるかもしれない。これは今後の地道な課題としたい。

 ここまで、僕が選択において考えすぎてしまうこと、判断が立ち上がらないことの説明を、内海のASD論によって補完した。選択できないことの言い訳のように思えるかもしれないが、なぜこのようなことを書いたかというと、言語化することで、僕の内なる「考えてしまう自己」は一定の意味で安心を得るからだ。今まで「考えるな。選択し行動せよ」そう自分を律しても、「考えてしまう自己」がオーバーヒートしてしまっていたのだ。ともあれ僕はひとつの安心を得た。
*1:綾屋紗月、熊谷晋一郎『発達障害当事者研究—ゆっくりていねいにつながりたい』医学書院、2008、p.26、前掲書より再引用

Saturday, October 8, 2016

当事者研究を考える

 僕は最近、自分は自閉症スペクトラムアスペルガー症候群)ではないかということがずっと気になっている。というのも、以前のカウンセラーに再三そのことを言われたからである。初めてそのことを言われて以来、当事者研究に興味をもち、発達障害当事者研究に関する本など、いろいろ読んだ。そのときに感じていたことは、当事者研究によって自分を制限してしまうのではないか、という不安である。診断名をもらっていないのに、自分を当事者として語ることは、「自分はかくかくしかじかの存在である」と決めつけて、現実に直面している問題を先送りにしてしまうのではないかと思った。実際に僕は、臨床的な意味での診断は必要ないだろう、と言われた。診断を下すことで何か当事者にとってメリットがあるから診断するのであって、アイデンティティの確保だけのための診断ではないからである。僕はこのように考えて、それ以来自閉症スペクトラム当事者研究について、手をつけないでいた。現実的な問題の解決を優先させたのだ。
 しかし僕は、自閉症スペクトラムについて調べていたとき、不思議な楽しさがそこにあったことを思い出した。たしかに僕は、診断名というアイデンティティにすがっていたのかもしれないけれど、そのこととは別の、自分という存在が研究を通して言語によってありありと語られてゆくことに、快感を感じていたのである。
 内海健の『自閉症スペクトラムの精神病理』という本は、まさにそのような快感を僕に与えた。ASD者の世界を、ここまでアクチュアルに語っている本は初めてで、感動すらした。定型者の側からの一方的な語りではなく、非定型者への安直な共感でもなく、そこにあるのはあくまで人間を相対化した客観的な視点であった。自分が体験していたにもかかわらず言語化できなかった事柄がそこにはあった。それは僕にとって診断名より大事なことだった。自分が語られていたからである。
 この喜びは、当事者研究を躊躇させないのではないだろうか。正直僕は(発達障害の)当事者研究をしている人たちをばかにしていたと思う。彼らはどこか凝り固まっているように思えた。弱者としてのアイデンティティをそれによって保っているように思えた。でも、それは僕の想像力の欠如だったかもしれない。もっと根本的な、自分を取り戻したいという欲求なのかもしれない。そしてその自分が語られたとき、研究は喜びに変わるのだろうと思う。