Thursday, December 1, 2016

エロな一日

 僕はずっと、自分のつくりだした観念にやられていた。自分という存在を言葉で説明した気になっていた。自我を重武装してそれを死守することは、自分の存在を丁寧に言葉にしてゆくのととは、全く別のことだというのに。僕は自分の精神の世界に閉じこもっていたのだ。僕は自分の今までの生き方を恥じた。今までのブログの記事だって、すべて破棄したいくらいだ。しかし今は、何をしたってそれは自己正当化にすぎない。
 そんな中、今日はカルチャーセンターでバタイユに関する講座を受講した。僕はひさびさにバタイユに触れた。自分はバタイユの何に惹かれるのだろう。そんなことを考えながら、先生の話を聴いていた。僕は今まで自分の頭の中だけでものごとを考えていたから、先生が僕に向かってマイクで話をしてくれているというそのことだけで、なんだか感動的な思いを抱いてしまった。バタイユの思想は定点に凝り固まっていない。そこには常にダイナミズムがある。既存の価値観をふみ越えようとする意志と、一地点にとどまらない流動的な力がある。そこに僕は憧れを抱くのかもしれないと思った。
   講義後に、レイトショーでロマンポルノ『ジムノペディに乱れる』をみた。バタイユとロマンポルノ。エロティシズムに乱れる夜は僕の内面を外界へとひらいてくれた。
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